幼児教育の場を育児支援の場としてオープンに。幼保の歩み寄りを目指す『久我山幼稚園』
Twitterで話題の男性保育士てぃ先生。
最も近い目標としている夢は、自分で保育園をつくること。
(てぃ先生が保育園をつくりたい理由はこちら)
「てぃ先生の園長見習い中」は、てぃ先生が実際に保育園を訪問し、
保育園を経営する先輩からヒントをもらう対談企画です。
第4回目となる今回の対談相手は、東京都杉並区にある久我山幼稚園・主事の野上美希さん。
野上さんは第一子の妊娠をきっかけに、ご主人の実家である学校法人野上学園の運営に参画しました。野上さんは、経営者側として、母親として、二つの視点を持ち仕事に取り組んでいるそうです。
また、野上学園では、幼稚園のほか、保育園や子育てひろばを運営し、地域の育児支援の中核的な役割を果たしています。
幼稚園と保育園、働く側から見た違いとは?そして、久我山幼稚園が大切にしている「日本の文化を大切にする教育」とは?リアルなお話を伺ってきました。
■話を聞く人
てぃ先生。Twitterフォロワー数40万を超える現役保育士。
Twitter原作のマンガ『てぃ先生』のほか、
書籍『ほぉ…、ここがちきゅうのほいくえんか。』『ハンバーガグー!』を刊行。
マンガのアニメも公開中!(タテアニメ)
https://twitter.com/_happyboy
■話を聞いた相手
学校法人 野上学園 久我山幼稚園 主事 野上美希さん。
千葉県出身。国立大工学部で分子化学工学を学ぶ。
研究よりも直接人の役に立つ仕事を志し、日本総合研究所にてコンサルタント職に就く。
その後、人材紹介事業の立ち上げにジョインし、女性のための女性コンサルタントによる人材紹介サービスを主宰。
女性のキャリア支援に注力。その後、第一子の妊娠をきっかけに久我山幼稚園の運営に参画。
幼稚園での預かり保育や子育てひろばなど育児支援の機能を充実させ、母親たちの不安解消を目指す。
現在は認可保育園も運営している。
http://www.kugayama.ed.jp/index.html
小さな頃から日本文化に触れる教育を
てぃ先生:こちらの幼稚園では、「日本の文化を大切にする」という理念を掲げていますが、
どのような教育を行っているのでしょうか。
野上さん:久我山幼稚園が立ち上がったきっかけは、先代の学園長が、
戦後の配給所を間借りして幼児教育を始めたことでした。
以降、子どもの情操教育に力を注いでいます。絵画や茶道、体操、リトミックなどさまざまな活動を取り入れて、「楽しい」「もっとやってみたい」という子どもたちの気持ちを引き出す教育を目指しています。
また、特徴的な活動の一つに、茶道があります。
お茶とお菓子を味わいながら、ものを大切に扱ったり、
お菓子を作ってくださった人に感謝する気持ちを培っていく場になればと思っています。
園舎の中には本格的なお茶室が設けられている。
座り方やお辞儀の仕方を先生に教わり、落ち着いた心でお茶とお菓子をいただく。
野上さん:子どもは勘が鋭いので、お茶室に入ると「ここは静かにする場所なんだ」と肌で感じるようです。
屋外では思い切り体を動かして遊び、静かな場所では自分と向き合う。
場所と雰囲気で学び、自分で自分を落ち着かせる方法を身につけることができれば、小学校に入学した後も勉強する時間、
外で遊ぶ時間と切り替えて自制ができるようになるはずです。
てぃ先生:ベテランの先生が、子どもたちに分かりやすいように茶道を教えてくれるのはとても素敵ですね。
現在はグローバル化に伴い英語教育などが重視されていますが、
そういった風潮に関してはどう思いますか。
野上さん:英語教育は大切だと思います。しかし、言語は必要な時が来れば必然的に学ぶことができるので、
幼児期には教養として日本の文化を伝えていきたいと考えています。
幼い頃に日本の文化を学び、日本人としての誇りを身につけることで、将来は国際的にも活躍できる可能性が高まるのではないでしょうか。
ママだからこそ分かる、保護者の気持ち
てぃ先生:野上さんが保育の世界に入られたきっかけは何だったのですか?
野上さん:主人の実家がこちらの幼稚園だったため、自身の出産を機に子どもの世界に足を踏み入れたんです。
もともと私は保育の世界とは遠いところにいました。
大学は国立大の工学部で、分子化学工学を専攻し、白衣を着て毎日実験する学生時代を送っていたんです。
卒業後は研究の世界へ行く人が多い中、私はもっと直接的に人のためになる仕事をしたいと思い、企業のコンサルティングを行う会社に就職しました。
そこでは大規模な組織に対するコンサルティングを行っていたのですが、よりダイレクトに人に関わっていきたいという思いが強まっていきました。
その後、ご縁があって人材紹介事業の立ち上げに参画することになり、転職。
最終的には営業部長を任され、女性コンサルタントによる女性のための人材紹介サービスを立ち上げました。
幼稚園の世界へ方向転換をしたのは、8年前、自分が第一子を妊娠した時です。
子育てをしながら終電まで働く生活は難しいと考え、主人の実家の家業に参画することを決意したんです。
てぃ先生:ご自身も子育てをしながら働いているのですね。
現在は下のお子さんがこちらの幼稚園に通っているそうですね。幼稚園にママがいたら嬉しいだろうなあ。
野上さん:自身の子育てに関しては、子どもがチャレンジしたいことを自由にやらせてあげているかんじですね(笑)。
私自身も、小さな頃は母に「自分で判断して自分でやりなさい」と言われて育ったので。
もちろん、いけないことは伝えなければいけませんが、やりたいことはやらせてあげるようにしています。
その分、幼稚園でマナーや人への思いやりを身につけてほしいなと思っています。茶道の時間に学んだ作法を、
「こういうふうにするんだよ」と家庭に帰ってから教えてくれることもあります。
てぃ先生:ご自身が保護者だからこそ、より利用者の気持ちを大切にしたサービスができそうですね。
野上さん:保護者の目線で保護者が必要とするものを取り入れていくように心掛けています。
幼稚園の中に併設している子育てひろばを始めたのも、自身が母親になって感じたことや経験したことが土台になっているんです。
サラリーマン時代が長かった私は、地域に何があるか分からないまま出産し、地域から取り残されてしまいました。
仕事の中では部下をマネージメントしてダイナミックに働いてきたのに、出産後、丸一日赤ちゃんと接している中で孤独を感じていました。
きっと地域のお母さんたちの中には、自分と同じような孤独を抱えている人もいるはずだと思い、子育てひろばを作ったんです。
幼稚園、保育園、それぞれの違いを視野に入れて
てぃ先生:幼稚園、保育園とどちらも運営していく中で、両者にどんな違いがあると感じていますか。
野上さん: 幼稚園は短い時間にすべての教育を凝縮させて行うので、その時間が濃密でテンポが早いんですよね。
一方で保育園は、トータル12時間の世界なので、そこで子どもの生活リズムを考えながら活動を取り入れていく必要があります。
しかし、幼稚園でも保育園でも、子どもに対する教育の質は同じであるべきと私は考えています。
幼稚園と保育園の教育に差があるような世間的なイメージもありますが、お互いが歩み寄り、もっと近づいていくべきだと感じます。
てぃ先生:出発点は違うけれど、行き着くのはどちらも同じように小学校ですものね。
幼稚園と保育園の職員同士の交流や連携はあるのですか?
野上さん:保育園の子どもたちが3歳から幼稚園に入園する場合もあるので、卒園から入園がスムーズに行くように、職員同士で細かく情報共有をしています。
保育園の自由な雰囲気の中で育ってきた子どもたちが、幼稚園の集団活動の中で「今は座る時間」「今は製作の時間」と気持ちの切り替えができず、活動に参加できないこともあるのです。
そういった姿も想定し、適切なアプローチができるように一緒に考えています。
てぃ先生:最近は認定こども園も増えていますよね。
こちらの幼稚園でも預かり保育を行っているとのことですが、どんなことに配慮していますか。
野上さん:幼稚園が終わった後、100名くらいの子どもたちをお預かりしているのですが、
午後にも活動を詰め込んでしまうと子どもが疲れてしまうので、お帰りの時間まではゆったりと過ごせるように配慮しています。
園長・主任を憧れのポジションに
てぃ先生:採用の時に重視しているポイントがあれば教えてください。
野上さん:子どもの気持ちを受け止められることですね。面接後の実習では、その点を重視しています。
子どもたちにも人を思いやる気持ちを持ってほしいので、先生自身が子どもの気持ちを受け止めることで、子どもたちも他者の気持ちを受け止め、
思いやりを持って接することができるようになると思うんです。
それは、幼児教育の根底であり、長い人生を歩んでいく上で大切なことだと考えています。
てぃ先生:人材紹介の業界で働いていた野上さんから見て、
保育業界のリクルートの現状はどう感じていますか?
僕が感じているのは、就活に対する意欲が低いな……ということです。
絶対にこの園に入りたい!という気持ちが、一般企業を目指す人たちに比べて弱いような気がするんです。
野上さん:業界全体に言えることですが、募集が多いため、売り手市場感はあると思います。
自分がどのような保育がしたいのか、それをどう実現していくかなど、将来のキャリアビジョンを重視するというより、
シフトや給与など待遇面だけで就職先を選んでしまう傾向があるような気がしますね。
てぃ先生:キャリアアップの面でも課題があると思います。
保育者になりたくてこの業界に入ってきた人たちは、現場で子どもと関わるプレイヤーとして仕事をしたいと思っている人がほとんどなんです。
主任になれば担任ほど子どもたちと関われないし、さらに園長になれば子どもたちと密に関われる時間はもっと少なくなります。
そういったギャップが、キャリアアップの障壁になっているかもしれませんね。
野上さん:うちの園では、目指すべきキャリアの人たちが憧れのポジションでなくてはいけないと考え、
主任や園長には絶対に残業をさせないようにしています。
また、担任職員にもできるだけ残業をさせず、プライベートを大切にしてもらえるよう配慮しています。
心が平穏でなければ、良い保育はできませんから。
IT化から取り残される保育業界
てぃ先生:職員に残業をさせないために、どのような工夫をしていますか。
野上さん:職員に一人一台ずつPCを用意して、書類作成などが効率的に行えるようにしています。
また、専用アプリを導入し、保護者への情報伝達がスムーズに行える工夫をしているんです。
てぃ先生:便利なツールを使えば保育者の作業効率は上がるのに、そういったものに反対を唱える園は多いですよね。
手書きや手作りの温かさを重視するのも良いと思うのですが、電子化したほうがいいもの、
ペーパーレスにしたほうがいいものってたくさんあると思います。
野上さん:私も一般企業で働いてきたので、保育業界のIT化の遅れは気になっています。
積極的に導入していくべきと考えているのですが、いきなりドラスティックな変化を起こすことを恐れている人たちも多いようですね。
保育に取り入れることについても、ITを排除するのではなく、
保育者がそれらの使い方の良し悪しを、子どもたちに教えていくべきだと思います。
てぃ先生:今の子どもたちが大人になる頃には、今よりもっと当たり前のようにITが身の回りに溢れているはずですよね。
保育者が正しい使い方を教えて、困らないように導いてあげることが大切だと思います。
このあたりが、保育業界全体の今後の課題なのかもしれませんね。
幼稚園を地域の子育て支援の場に
てぃ先生:最後に、今後の展望や課題があれば教えてください。
野上さん:子どもを生みたい、育てたいと思えるような社会を作っていきたいですね。
そのためには、幼稚園が子育て支援の場として積極的に動いていくことも大切だと思います。
これまでに培ってきた幼稚園の慣習もありますが、
時代の流れに合わせて積極的に先進的な取り組みをしていくのも大切ではないでしょうか。
てぃ先生:ありがとうございました。
てぃ先生の訪問日誌
昨今いろいろと騒がれている幼稚園と保育園の関係性ですが、
その垣根を越えた一歩先を行く現場を見ることができたと思います。
こちらではその他にも子育て支援施設の運営や地域による育児の活性化・円滑化のためにさまざまな活動を展開されており、
その方針や想いが職員の一人ひとりに根付いているように見えました。
とても良い刺激になったなー!素敵な体験をありがとうございました!
プロフィール
てぃ先生:
関東の保育園に勤めるカリスマ保育士。
保育園の日常をつぶやくツイッターには40万人を超えるフォロワーがいる。
Twitter原作のマンガ『てぃ先生』のほか、
著書に『ハンバーガグー』『ほぉ…、ここがちきゅうのほいくえんか。』
(ともにベストセラーズ)など。マンガのアニメも公開中!(タテアニメ)
https://twitter.com/_happyboy