「子どもの主体性」に着目する園が増えてきているいま。乳幼児期の”遊び”にはどんな意味があるのでしょうか。前回、子どもにとっての遊びの大切さについてお話してくれた大豆生田先生。後編では、子ども主体の保育を実現するために現場でできることや、保育士として意識すべきことついて紐解いていきます。
子どもの声を聴き、「振り返る姿勢」で子どもにかかわる
Q. 子ども主体の保育を実現するためには、遊びの環境構成のほかにも、保育士さんの援助や言葉がけも重要になってくると思います。大豆生田先生自身が現役時代に意識していたことや、子どもとかかわるなかで感じていることなどはありますか?
言葉がけは、子ども一人ひとりをどう見るかで変わってくるものだと思っています。
保育者として子どもを肯定的に温かく受け止めることはもちろん大切なんだけれど、 いつも手が出てしまったり座っていられなかったりと、いろいろなタイプの子どもに応じるって簡単ではないんです。
でもそのときに、「手が出ちゃう理由ってなんだろう」とか「座っていられない理由ってなんだろう」とか、否定的に見ずに、その子の気持ちになって理解しようとし、振り返られるかどうかが重要になります。
だから、子ども一人ひとりの気持ちをきちんと理解したうえで、「そうか。この子が手を出しちゃうのは自分の気持ちが相手に伝わっていないと思っているのかも。じゃあ明日こうしてかかわってみよう」という風にしていくわけです。
つまり、どんな言葉がけがその子に合っているかを考えるのではなく、その子自身をどう見るかで言葉がけが自然と変わってくると言えるでしょう。
Q. 保育士さんのなかには、子どもを怒ってしまった、きつくあたってしまったなどの声を聞くこともあります。現役時代、大豆生田先生もそのような経験はありましたか?
もちろん、私も反省ばかりです。目の前の子どもの気持ちを十分に受け止められないことはよくありました。誰でも、感情的になることはあるし、いつも笑顔で受け止められることばかりではないのだと思います。そのことで、あまり自分を責めないほうがよいとも思います。
でもそのときに大切なのは、「今日感情的になっちゃって」と、”振り返る姿勢”です。いつも、自分のかかわりに自覚的であることが求められます。
手を出しちゃう子どもがいたら冷静になって「手を出すのにはちゃんと理由があるよな。あのときしっかり聞いてあげられなかったな」と反省したり、振り返ったりして。
私たち保育者の仕事は子どもたちのケンカを「どう裁くか」ではありません。
ケンカをした子どもに寄り添って、その思いや声を聴くことです。ケンカをするにもそれぞれの子の思いや言い分があるはずだから、子ども一人ひとりの想いにどう寄り添うか、納得することに付き合えるかどうかなんです。
だからケンカが起きた場合には、子ども同士が分かり合えるように「あの時にイヤだったんだ。それならそれを〇〇ちゃんに言いに行こうか」とつなげるのでもいい。
保育者はつねに、子どもの声や思いを聴くことを大事にし、常に振り返る、反省する姿勢は大事にしていくべきだと思いますね。
保育の質を高める「保育ドキュメンテーション」の必要性
Q. 「振り返り」といえば、近年保育業界で「保育ドキュメンテーション」が浸透しつつあると聞いています。やはり、今後保育の質を高めるうえで重要になりますか?
大きなカギになると思います。
そもそも保育ドキュメンテーションは簡単にいうと、写真付きの「記録」なんですが、いま、日本中に広まりつつあります。
保育ドキュメンテーションには、4つの大事なポイントがあるんです。
保育ドキュメンテーションの4つのポイント
Purino/shutterstock.com
1つ目は、先生たちが子どもの姿から興味関心や育ちをちゃんと記録して、振り返りをしていくことの意味があります。
その日の出来事や子どもたちの様子を写真にしたりメモをつけたりして、毎日ていねいに振り返りできるようにするのが大事なことの一つです。それが、日誌にも活用されます。
2つ目は、記録したものを保護者の方に「見える化」する意味があります。
これまで子どもたちの様子を写真に残すことはあっても、その日の出来事を紹介するだけで終わっていて、保育の様子や子どもの興味関心や成長を保護者に伝えられていませんでした。それでは、保護者との連携はできません。
「子どもたちにとって遊びはこんなにも大事なんだよ」というのをきちんと保護者に伝えるためにも、保育ドキュメンテーションは非常に大事なものになります。
その際、単に「砂遊びしていました」という「絵日記」的な紹介ではなく、「砂遊びのなかで〇〇ちゃんにこんなに興味関心や、豊かな育ちや学びがあります」というエピソードを記録できるかがプロとしてのポイントといえますね。ただ、「預かっている」だけではない専門性です。
3つ目は、記録したものを子どもたちにも見えるようにし、子ども自身がやっていることの意味を自覚化したり、次への展望につなげたりするということです。
保育室に活動の様子が掲示されていれば「昨日こんなことやったんだ」「この続き、今度やろう」と子ども自身で学びをより深めていくことができます。
また、子どもたち自ら次の遊びへの展開につながるでしょう。
4つ目は、保育者同士、職員間での対話のツールにもなります。だから、互いのクラスのことを知ったり、みんなで園の子どもを見たりする体制にもつながるのですね。
ー保育ドキュメンテーションは、先生・保護者・子どもそれぞれにメリットがあり、大事なんですね。
そうです。
保育ドキュメンテーションは多様な一面を持っているので、今後日本中でさらに広がりを見せていくことでしょう。
たった一枚の記録なんだけれど、先生の記録にもなり、親たちへの発信物にもなり、子どもとの対話のツールにもなります。また、園の職員同士が見ることで、先生たちの対話としても活かすことができるんです。
ただ、そのとき同時に進めてほしいのが先生たちの仕事量の削減です。
保育業界的におたよりなどのデザインに凝ったり、イラストを入れ込んだり、写真の切り方を工夫したりして、作業に時間をかけすぎているところがあるじゃないですか。
だから、保育ドキュメンテーションとICTの活用をセットで行うことを提案していますね。
そうすれば、記録やおたよりの配信などにかかる業務を簡素化することができます。
保育ドキュメンテーションの作成によってこれまでより業務量が増えるかも、という先生たちの懸念は、ICTとの活用で改善していけるので、セットで取り入れることを視野にいれてみてほしいですね。
Q. ICTの活用で、おたよりなどの書類作成にかかる負担を削減できる反面、手書きのほうがあたたかみが伝わるという声を聞いたことがあるのですが、実際どうなのでしょうか?
もちろん、手書きの温かみもあると思います。ただ、保護者は手書きだとあたたかみが伝わるという話はあまり聞きません。むしろ、スマホなどで気軽に写真を共有できる方が便利でうれしいと感じているようです。
手書きのよさもありますが、そればかりだと、時間や負担がかかって結局1カ月に1回くらいしか保護者に子どもの姿を発信できないなんてこともありますよね。そうでなくても、保育の職場は忙しいという現実があります。
そうだとすれば、毎日スマホで発信してくれるほうが、園や先生たちからのあたたかみを伝えられることにつながるのかもしれません。
「明日の計画」につながる保育ドキュメンテーション
先ほどお話したように、保育ドキュメンテーションは子どもや保護者への発信材料だけでなく、職員間の対話にもつながっていきます。
質の高さでいうと、先生たちがどれだけ豊かな対話ができているか、語り合いの風土があるかがすごく大事です。
毎日、子どもとのかかわりで忙しい保育の仕事ですが、子どものことを「面白い」って思っている園では、職員同士がよく語り合っているんですよね。
つまり、話す時間がないから話さないのではなく、子どものことを「面白い」って思えていないから子どもについて語ることがないということになります。
だけど、写真を撮って共有みたいなことができれば、「今日〇〇ちゃんこうだったよ」というのが生まれてくるし、先生自身の「明日こうしよう」という計画にもつながります。
保育ドキュメンテーションは、「明日の計画どうしよう」と悩まなくても、今日振り返っていること自体が「明日の計画」になるんです。
保育者は、毎日の子どもの姿から、「◯◯ちゃんのドラマ」を発見していて、「今日◯◯ちゃんこんなすごいことあったんですよ」って語ることができます。
毎日の保育を通して、「今日の◯◯ちゃんのこんな姿残しておきたい」って思えている先生は、その時点でその子のドラマを見ているから、後から振り返ったときにも「あ、◯◯ちゃんこういう育ちが見られたね」と子どもの育ちや思いに気づくことができるんです。
だからこそ、ただ適当に写真を撮るんじゃなくて、意識的に”記録して残す”という作業をして振り返ることを大事にしてほしいですね。
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子どもにとっての「遊び」とは学びを深め、将来につながるツール
子どもにとって遊びは、自分のやりたいことにワクワクしながら夢中になれる経験です。
自分が生まれてきた世界で時間を忘れて遊びこめる、こんなに幸せなことはありません。
そうしたなか、保育現場では子ども主体の保育が求められます。
意識的に「今日、〇〇ちゃん、お店屋さんになる遊びをしていた」「少しお店の商品に見立てる材料があるともっとなりきれるかな」「じゃあ、明日、その道具や材料を用意しておこう」というように、子どもの姿を記録しておけば、明日の計画のツールにもつながっていくでしょう。
また、「遊び」は単なる子どもにとっての楽しみだけではなく、心や社会性などの非認知能力、さらにその後の学力の基盤となる語彙力や知的な興味関心、身体的な成長にもつながることがわかっています。
それは、その子にとっての小学校以降の学びに向かう力や「幸せ」を生み出す力にもつながります。だから、すべての保育の場でこのような「遊び」が保障されることが大切なんです。
それに保育者は、乳幼児期に「お勉強」をさせることよりも、遊びを通して学びを保障する大切さを発信できる存在です。一人ひとりの子どもの思いや興味関心を活かして、遊びを学びにつなげることは簡単ではないかもしれません。
けれどもそこには、保育の仕事の面白さがあり、プロフェッショナルな専門性があると言えるのです。
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大豆生田啓友先生・プロフィール

大豆生田啓友(オオマメウダヒロトモ) 先生
青山学院大学大学院修了後、幼稚園教諭等を経て、現在、玉川大学教育学部 乳幼児発達学科の教授(学科主任)を務める。
保育学・幼児教育学・子育て支援を専門。
幼児教育・保育および子育て家庭の支援にかかわる仕事を目指す学生さんに向けてワークショップ(体験型・協同型・デザイン型)による育成を行う。
現在、日本保育学会副会長のほか、日本乳幼児教育学会理事、こども環境学会理事を務める。2018年5月から現在では、厚生労働省の保育所等における保育の質の確保・向上に関する検討会の座長代理を務め、保育の質向上に向けた取り組みを行う。
「日本が誇る!ていねいな保育」(小学館)「語り合いで保育が変わる」(学研教育みらい)などの書籍執筆のほか、講演会やNHKのEテレ「すくすく子育て」に出演するなどコメンテーターとしても幅広く活動している。
<取材・執筆・撮影>保育士バンク!編集部
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