これまで25回に渡って保育に関するコラムを書いてきましたが、諸般の事情により今回で保育士バンク!さんでの連載が終わりとなることになりました。これまで読んで下さった読者の方、またいつも荒削りな文章を丁寧に推敲して下さった編集のI氏に厚くお礼をお伝えしたいと思います。
最後になりますので、これからの保育界を支える保育士のみなさんにどうしても知っておいて欲しいことをお伝えします。
「愛情をもって頑張る」という言葉は一見よいことのようだけど……
ある高名な大学教授の保育講座でのことです。講義の内容は大変素晴らしいものでしたが、結びの言葉がつぎのようなものでした。
「保育士の皆さんはこれからも愛情を持って頑張って下さい」
一般によく言われる言い回しなので、特に深い意味は無く挨拶代わりに発せられた言葉だったのかもしれません。しかし、僕はその講座の内容を打ち消してしまうほど残念なことだったと感じています。
なぜならこの言葉を読み解くと、保育の質や専門性のスタート地点が、個々人の心の中、個々人に固有のこととなってしまうからです。
つまり、保育の専門性を保育士個人に属するもの、属人的なものだと言ってしまっています。もう少しやさしくいうと、保育はその人の「センス次第」とか、「子どもへの愛がすべて」と言っているのと同じになってしまうのです。
専門職として、もっと客観的に保育のスキルを語ろう
世の中で「専門職」といわれる全てのものは、その技術やスキルを属人的なものとせず、客観的に語り合えるものと理解しています。
つまり、正しい考え方や方法論をしっかり学べば、ほとんどの人はきちんと身に着けられるし、あるレベルまではたどり着けるものなのです。
例えば医師であれば新たな手術の方法などを学会の発表などで学びます。それを実施しようと思えば先行実績のあるところに学びに行き習得し……という手段を取ります。そこで「この手術ができるためには心清らかでいましょう」とか、「患者への思いやりが大切です」などと言う人はいないことでしょう。それは専門職としての内面とスキルを、当たり前に切り離してとらえているからです。
保育でも研究発表会などがあります。それを聴きに来た保育士すら、保育スキルは属人的なものという考えを元から持っているので、優れた研究発表を聴いても「あれは、あそこだからできる」「できる子どもたちだったから、ウチの園の子にはムリ」といった自己防衛的な解釈(いわゆる「すっぱいブドウ」)になってしまいます。
僕はもちろん、子どもに愛情をもって接することを否定しているわけではありません。
プロなのだから、専門職としてのスキルを「愛情をもって接する」といった精神論に逃げずに、客観的に見つめ、語り、高めていく必要があるのではないか、と思うのです。保育界には、今も昔もこういう姿勢が足りなかったのではないでしょうか。
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現実には「保育の質」は停滞している
保育の研究は年々進歩し、保育の高みはどんどん上がっています。これは素晴らしいことです。しかし、実際の現場の保育のレベルはどうでしょうか。必ずしもそれにともなって向上しているとは言い切れません。むしろ、数十年前の保育から少しも変わっておらず、現代の家庭や子どものあり方にはそぐわなくなっているところもたくさんあります。
ありていに言えば、現実の保育の質は停滞しているままです。
もちろん、一部には現代的で大変質の高い保育をしているところがあり、それなりの割合のところでは、働く保育士さん達の努力で問題ない保育が行われております。
でも一方で、残念なことに子どもの人権を理解し、それが留意された保育がなされていなかったり、虐待まがいのことが平然と行われていたりする保育施設も現に存在しています。
僕はこれまでの現実の保育のあり方は、停滞のなかにあると感じています。
なぜ保育の質が進歩せず停滞したままなのか?
その原因は、僕がいま述べた「保育の質を属人的なものと考えてきたこと」にあると指摘します。
「あの保育はあの人だからできる」で思考停止していませんか?
保育のスキルを属人的に考えていると、子どもに良い保育ができる人は「あの人は保育がうまい」と見なされます。裏返すと、「あれはあの人だからできる」と周囲の保育士は解釈し、自分がそれをしない、それをできないことの理由としてしまいます。
僕は、この状態を現場で何度となく見てきましたし、また他の保育士からも何度となく耳にします。
例えば、誰もが「あのクラスは大変」と見なしていた子どもたちを、次年度適切な保育スキルを持った保育士が担任して、それまでの大変と見なされていた様子が劇的に改善したケースがあります。
保育のスキルを属人的なものと考えていると、周囲の保育士は、その保育士がどんな視点から子どもを見て、どんな配慮をして、どんな関わりを実際に繰り広げていったのかというところには、ほとんど目がいきません。目にしたとしても、それを保育上のスキルと理解するのではなく、「その人に固有のなにか」と無意識にとらえてしまうので、それを自分にもできること、自分もしなければならないこととは考えません。
その適切な保育ができる当人すら、保育を属人的なものと無意識に考えがちなので、自分の実践を「こういう視点で、こういう意図を持って、こういう関わりにして・・・・・・」と言語化して論理的に他者に伝える経験を積まないまま、年月を重ねてしまいます。こうして、優れた実践やスキルが伝わらないまま埋もれてしまってきました。
指導が人格攻撃のようにとらえられてしまうのも、「保育の属人化」に原因がある
逆に、不適切な保育をしている人への対応や指導という局面で考えてみます。
保育が属人的なものと見なす文化を持っていると、その人の保育への指摘をすることは、その人の人格上のなにか、内面的ななにかへの指摘ととらえられます。
つまり、他者の保育への指摘は、「私の人格を攻撃するのね!」という感情の応酬となってしまい、とても議論になりません。単に、保育上のやり方が間違っていることを伝えたり、他の考え方を試してみたら、という提案すらも受け入れられないのです。
また、指導する側も保育を属人的なものと見ているので、指導とされるものが、単なる個人攻撃やモラハラになっている例も多くあります。
不適切な保育をする当人も、自分の保育は問題があると感じていた場合ですら、そのやり方を変えることは自己否定することになってしまうので、自己防衛のために他者のアドバイスを無視したり、反発しなければならなくなってしまいます。
これはその人にとっても不幸なことです。
保育の質向上には、保育のスキルと内面を切り離そう
ただ保育界のみが、いまだにスキルと内面をごっちゃにして結局のところ保育のスキルを属人的なものと考え続けています。
これでは、良い保育も向上しないし、不適切な保育も淘汰されることがありません。
十年一日どころか、何十年も前のレベルの保育をしているところが数多く存在しているのは、これが理由です。
現代的な保育の手法を取り入れても、保育のとらえ方がそれでは、うわべだけはその保育を真似ているけれど、本質はなにも学べていないということもあります。
保育の質を保育界全体で向上させようとするならば、保育のスキルを属人的なものと考えてきたこれまでの悪い習慣を止める必要があります。
客観的に保育を語り合う経験を積み重ねよう
それではどう変えていけばよいのでしょうか。こんなイメージをして見て下さい。保育士が集まったら保育や子どもへの視点を自分の中から取りだして、机の上に置いてみます。その机の上に置いたものに対して、「私はこう思う」「ああ、あなたはそう思うのか。私はこう思うんだ」「なるほど、じゃあこういう関わり方が必要なんじゃない?」このように、客観的に話し合う経験を積み重ねていきます。
これは、保育の向上だけでなく、保育士同士の人間関係、働きやすい職場を作ることにも大いに力を発揮します。
これができるようになると、同僚から私のことを責められるのではないかとビクビクする必要も、立派に見える保育をしなければと強迫観念的な仕事の仕方をする必要もなくなりますので、保育者の疲弊を防ぐことにもつながります。
僕は保育施設の研修をする中で、こういった保育を語り合うテーブルを作ることも意識して、職員間だけでも継続的に保育を向上させていくベース作りもしています。これが多少なりとも意識されるだけでも、働きやすい職場になるのを見ています。
保育のスキルは、一部の人だけではなくみんなで話し合えるもの
これからの保育界を担うみなさんは、保育スキルを属人的、内面的なものとせず、外に置いてみんなで話し合えるものというイメージを持って下さるようお伝えして、僕のこちらでの最後のコラムといたします。
これまでおつき合い下さいましてありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。
保育研修の依頼などもお受けしています。皆さんの園にお伺いすることもできますので、興味のある方は僕のホームページやFacebookなどからお気軽にお問い合わせ下さい。
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プロフィール
保育士おとーちゃん(須賀義一)
1974年生まれ。大学卒業後、男性としてはまだ珍しかった保育士(当時は保父)資格を取得する。
2009年、保育士としての経験などを元にブログ『保育士おとーちゃんの子育て日記』を開設。
現代の子育てに合った具体的な関わり方を伝えつつ、多くの人からの子育ての悩み相談にも応える。
著書に『保育士おとーちゃんの「叱らなくていい子育て」』『保育士おとーちゃんの「心がラクになる子育て」』(ともにPHP研究所)など。
東京都江戸川区出身、墨田区在住。一男一女の父親。