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保育の未来【中編】~汐見稔幸にきく、いま大きく変わる保育の質とは

    未来を生きる子どもたちにいま、そしてこれから保育者ができることは何か。
    保育教育研究の第一線に立つ研究者の方々にきく、保育士バンク!連載企画第2回。『いま大きく変わる保育の質』について汐見稔幸教授にインタビュー。中編は『いま“保育の質”がなぜ重視され始めたのか』について、子どもの育ちをめぐる環境の変化や幼児教育・保育を変える必要性の真意に迫る。





    『人間が大事にしてきた3つのことを大好きになってもらうために、子どもが自発的にやり始める環境を作ろう』
    前回(※前編)、保育者の仕事の本質と子どもの自発を促す環境作りについて、ユーモアで温かい具体例を交えながら、お話ししてくださった汐見稔幸先生。
    なぜいま、保育の現場は『自発的に生きる』子どもたちを育てる場として変わる必要があるのか。子どもの育ちをめぐる環境は、時代とともにどう変化しているのか。 幼児教育・保育の近代から現在までの変化と歴史的経緯を紐解いていく。

     

     

    【1】人類はいま、歴史的なターニングポイントいる

     

    ーーー幼児教育・保育無償化の施行を今年10月にひかえていることもあり、『保育の質をどう担保するのか』という問題について、いま社会全体が注目しています。

     

    待機児童問題だけでなく、以前に比べマスコミなどで保育のことを取り上げられる割合が、すごく増えている気がします 。
    でも20年ちょっと前は『子育ては家庭で行うもの』という意識が強く、『保育・幼児教育』を重視するような動きは、世の中にありませんでした。

     

    ーーーでは、なぜいま、幼児教育・保育を重視するようになったのでしょうか。

     

    いま、人類の歴史の中で初めて、子どもが『生活の中で豊かに育つ』ことができなくなってしまったからです。
    僕は、人類史的にいまが大きなターニングポイントだ、と思ってます。





    【2】子どもは『生活のいとなみ』の中で育つ

     

    何もない時代で豊かに育つ子どもたち

     

    ーーー昔の子どもたちは生活の中で、どのように豊かに育っていったのでしょうか。

     

    昔のように、便利な家電や道具がない時代は、全てを手作業で行わなければならず、子どもも家庭の仕事を手伝わなければ、生活が成り立たちませんでした。
    子どもは家庭の仕事を手伝う中で、働くことの大切さ、物を粗末にしてはいけないこと、責任感などを学んでいた。

    家の仕事の手伝いは大変だけど「もうやめた」と思ったら家族に迷惑をかける。
    父ちゃん母ちゃんが必死で働いているのに、自分だけ遊んでいるわけにはいかないからね。だから、がんばるしかない。
    実は、人間性の基本のようなものを、生活の中で身につけていたのです。

    それだけでなく、かつては家庭のすぐそばにも、子どもが育つ環境がありました。
    子どもは自由に外に遊びに行けたので、子どもたちが集団で遊ぶことも多くありました。 幼い子どもも、ガキ大将のお兄ちゃんたちに引っ張られ、あちこちに遊びに行っていた。
    いまのように児童公園も遊び道具も何もない。道ばた、川原、はらっぱ、空き地なんかで遊びます。
    だからちょっと前までは、遊ぶために“あるもの”を必死になって使わなければならなかった。

     

    『教える』『できたら褒める』で育つ部分は、少ししかない

     

    “あるもの”とは『頭』。頭を必死で使うんです。
    必死になって遊びを考え、編み出し、工夫する。
    遊ぶために「うまくいかないな、どうしようか」と相談して、失敗してもあきらめず、くりかえしやり直す。



    Purino/shutterstock.com

    アイデアを考え出す力、試行錯誤する力、やったぜと達成する力、相談する力、上手くいかなかったときにもう一回夢を描く力。
    昔の子どもたちは、『生きるための基礎力』を、親が知らないところで身につけていたのです。

     

    ーーー昔の子どもたちは、『手伝いをする』『遊ぶ』という、生活の中でごく自然にできることを通して、生きるために必要な力を学んでいたのですね。

     

    つまり、教育で一番大事なキーワードは『生活でのいとなみ』なんです。
    人間は『教えてあげる』とか『できたら褒めてあげる』だけで育つ部分は、実はちょっとしかない。
    学校で教えてもらったことだけで育つわけではないんです。

    この生活のいとなみで育つ『生きるための基礎力』のことを『非認知的スキル(※)』と呼んでいます。
    非認知的スキルとは、単に生きたるためのたくましさだけではなく、発想の柔軟さや新しいものを生み出すクリエイティビティなども含んでいます。


    ※非認知的スキル…自尊心や自己制御、忍耐力といった社会情動的スキル。IQなどで測れない内面の力のこと。心の土台となるもの。

    人類が大事にしていた「3つのこと」
    体で覚えていく力 豊かな人間関係を作る力 アイデアを出す力
    自尊心、自己肯定感、
    自立心、自制心、
    自信、など
    協調性、共感する力、
    思いやり、社交性、
    良いか悪いかを知る道徳性、など
    モノを作り出す力、
    アイデアを出す力、
    工夫する力、など
    生活の中で子どもの育ちを促していたいとなみ
    ・家の中でのお手伝いや自分に与えられた 役割を投げ出さずに達成する
    ・家のお手伝いを工夫して仕事の精度を上げる
    …etc
    ・友だちとの遊びで仲良くやっていく
    ・異年齢との交流の中で遊びにルールを作る
    …etc
    ・何もない中から遊びや道具を工夫して生み出す
    …etc

     

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    【3】保育で『自発的に生きる力』を人工的に育てる

     

    自発性につながる非認知的スキル

     

    生きるための基礎力である『非認知的スキル』は、生活の中でずっと育ってきた。この生活スタイルは縄文時代からずっと続いていました。
    でも、いまはどうでしょう。
    子どもに「昨日は家でどんなお手伝いしたの?」と聞けば「リモコンを3回押したよ」程度の手伝いになってしまった。家の外に行っても、危なくて遊べっこない。
    便利な世の中になったことで、生活の中で『手伝う、遊ぶ』という場が失われ、生きるための基礎力を自然に身につけることができなくなってきている。

    生活の中で『非認知的スキル』が育たなくなってきて、その大切さに世の中が気がついてきた。
    同時に、『非認知的スキル』は、乳児期・幼児期から育つことがわかってきたこともあり(※前編参照)、保育・幼児教育が注目され始めたんです。

    だから、『非認知的スキル』を人工的な空間で育てるしかない。
    どこで?それが、保育園や幼稚園なんです。



    Have a nice day Photo/shutterstock.com

    人間の情報処理能力には、『認知的スキル』と『非認知的スキル』の2種類があります。
    文字が読めたり年代を覚えたりといった力を『認知的スキル(※)』といいます。そして、『生きるための基礎力』が非認知的スキル。
    人間性の土台を支えている心の能力である『非認知的スキル』があるからこそ、認知的スキルは生きてくる。つまり、この2つがお互い支え合って、成長していくことがわかってきたんです。

    『認知的スキル』だけでなく、『非認知的スキル』がきちんと育っていたら、レジリエンス(※)やたくましさといった力も育っているので、ちょっと落ち込むことがあっても、心が折れずに頑張ることができます。でも、『認知的スキル』だけが育っている状態だと、空回りしてしまうのです。
    引きこもりの問題などは、非認知的スキルがうまく育っていないことも影響しています。

     

    ーーーさまざまな知識や情報だけをたくさん持っていても、非認知的スキルが育っていないからうまく生かしていくことができないのでしょうか。

     

    学校だけで得た知識や情報を持っていても、それらはどんどん新しいものに変化していくので、生きていくためには不十分でしょう。
    「わからないときは自分達で調べるんだ」と情報を吸収しようという、自発的な『姿勢』を小さいうちに育てておけば、成長した後は何も困らない。

     

    自分で自由に工夫できるから、自発的になる

     

    ーーー『非認知的スキル』を育てていくことで、『認知的スキル』を自らのばそうという、姿勢が育つんですね。

     

    例えば、いまヨーロッパでは、子どもがカリキュラムを自分で作るという教育法が主流になってきているんです。
    僕はこの間フランスの学校に行ってきました。
    その学校では、カリキュラムは子どもたちが自分で全部作ります。
    1週間のうち『各科目につき〇時間はこなす』というカリキュラムは決まっていますが、何をいつやるかは、子どもたちが自由に決めることができるのです。

    先生はというと、授業が始まる前に、子どもたちがどの教材を使って、いつ、どのような方法で勉強するか選べるように、いろいろな教材を教卓に置いておきます。
    子どもが自分で教材を選び、学びを進め、学んだことをレポート化する授業もあれば、事前に調べてきたことを発表し、みんなでワイワイ議論するような授業もある。 こうして子ども自ら授業を組み合わせて、カリキュラムを作っていくんです。 自分で工夫できるから、学校が絶対に楽しいですよ。
    だから子どもたちは、勉強に一生懸命になる。



    ※認知的スキル…IQに代表される知能指数テスト等で計測される知能。言語的知能、数学的知能など。

    ※レジリエンス…自発的回復力という意味。己に不利な状況やストレスにさらされる環境に適応することができる個人の能力。“レジリエンスが高い”とは、逆境力があるとか精神的な回復、防御力があるということ。困難な状況にも関わらず、しなやかに適応して生き延びる力があること。


    【4】日本の保育の中心を『遊び』に変える

     

    保育を見直すきっかけとなった、1980年代の中学生の姿

     

    ーーー汐見先生が長く日本の教育に携わってこられた中で、保育・幼児教育への危機感によって、具体的に議論が始められたのはいつ頃からですか?

     

    日本でこの保育・幼児教育の議論が始められたのは、1980年代からです。
    議論のきっかけとして、中学生が荒れ始めたことが挙げられます。いじめや不登校などさまざまな問題が一気に広がった。
    受験が過熱化し、点数と偏差値で人生を振り分けする教育に対して、学生たちが未来への夢を持てなくなってしまったんです。





    ーーー中学生が荒れた教育的な背景が、その頃の幼児期の子どもたちに具体的にどのような影響およぼしていったのですか?

     

    受験がどんどん低年齢化していったんです。
    そして、受験の準備のために、大人に指示されたことを上手にこなすような子が『いい子』とされ、結果として『指示待ちの子ども』が多くなっていきました。
    しかし、指示待ちの子どもたちは、人間にとっていちばん大事な『これが面白い!』と感じ、どんどんやりだしていく自主性や自発性が、どうも育っていなかった。

    同時に、家庭で使える機械が増えたことによって、手伝いなどしなくてもいい便利な世の中になっていった。家の周りが舗装されて、危なくて外で遊べなくなっていった。
    こうして自分で考える機会が減り、ずっと大人の指示を待っている。
    これが一番の危機だと感じたんです。

    指示をされなくてもやり始める『自主性』『自発性』『主体性』を育てることを、保育の共通の目標にしなければいけない。
    人間にとって、子どもにとって、一番自発性が発揮されて、一番興味関心を表現できる活動は何か。それが『遊び』でしょう。
    こうやって、日本の保育・幼児教育を切り替えたのが平成元年です。





    『遊び』で覚えたことが『社会』で生きる

     

    ーーー平成元年というと、第1回目の保育所保育指針改定の前年、幼稚園教諭要綱改定の年ですね。

     

    保育の中心を全て『遊び』に変えよう、と言ったのがいまから30年前です。
    でも保護者の方たちにとっては、なかなかイメージしづらかった。
    『遊び=学び』ということを一生懸命説明して、いまようやく、少しずつ広がっています。

    例えば異年齢の子どもたちが、集団で上手に遊ぶためには、
    「みんなで遊ぶならルールを作らないといけないよね」
    「異年齢で遊ぶときには小さい子のために、ちょっとルール変えよう」
    と、一生懸命考えるじゃないですか。
    社会に出たときも、いろいろな人と仕事をするためには、ルールを考えなければいけない。
    遊びの中で自然と身につく力が、子どもが社会に出たときにもつながるということが現在ようやく理解されてきたんです。

     

    【5】幼児教育・保育で『難問だらけの時代』を生き抜く

     

    保育・幼児教育は『世界の難問』を解決する

     

    ーーーいまのお話の流れで考えると、これから保育園や幼稚園の教育が果たす役割は、とてつもなく重要ではないですか?

     

    ものすごく重要ですよ!だから保育・幼児教育がニュースになっているんです。
    突然『考えること』を小学校から教えて、すぐにできるわけじゃない。たくさんの難しい問題に対して「ああしよう、こうしよう」と自発的に考えられる力を育てることは、保育・幼児教育がやらないとだめなんです。





    いま、世界は難題だらけじゃないですか。
    例えば、労働力移入のために、ヨーロッパが行っていた移民政策は『移民問題』となり、現在は『貧困問題』になっています。
    フランスでは、労働力不足を補うために移民として他の国から働きに来てもらったのですが、移民してきた人の中には、フランス語を話せない人もいた。
    景気が悪くなると、言葉が話せない人たちが失業して、貧困化していく。
    これは困ったと。

    そこで、移民してきた人たちの子どもの代からは、フランス語を習得するための質の高い保育・幼児教育を受けられるようにする。その後は学校で勉強できるようにしているんです。
    言葉が話せない問題を保育・幼児教育で解決すれば、その先にある貧困問題も解決する。
    ヨーロッパはこの難局を切り抜けようと、すでに1997年には「自国の教育政策の中で最も力を入れなければいけないのは保育・幼児教育だ」という宣言を出したんです。

     

    答えなんかない。答えは自分たちでつくる


     

    日本の環境問題や少子高齢化問題も、こうやれば解決しますよという正解はない。
    僕らにとって『正解主義』の時代は終わった。これからは適切解を模索する時代です。
    答えはないから、「こうしたらいいんじゃないか」という適切な解を、一生懸命みんなで探りあうしかない。
    そのためには、議論することが楽しくてしょうがない、という人間を育てなければいけない。
    答えなんかない。あったりまえじゃないか。答えは、自分たちでつくるんだよ。

     

    【中編・終】

     

    では、子どもが幸せを自分でつかめる力は、何を手がかりにして育てていくのか?
    『正解のない21世紀の世界』を子どもたちが生き抜くための保育・幼児教育とは?
    みんなで未来について議論すること大切さ、その手掛かりとなる『10の姿』について、汐見先生のお話は後編に続きます。

    <汐見稔幸先生・プロフィール>

    1947年大阪府生まれ。 2018年3月まで白梅学園大学・同短期大学学長を務める。
    東京大学名誉教授・日本保育学会会長・国保育士養成協議会会長・白梅学園大学名誉学長

    保育所保育指針の改定に関する検討を行った社会保障審議会児童部会保育専門委員会委員長を務めた。
    また現在、厚生労働省子ども家庭局長が学識経験者等を参集した「保育所等における保育の質の確保・向上に関する検討会」で座長を務める。

    専門は教育学、教育人間学、保育学、育児学。
    一般社団法人家族・保育デザイン研究所代表理事。
    保育についての自由な経験交流と学びの場である臨床育児・保育研究会を主催。

    保育者による本音の交流雑誌『エデュカーレ』の責任編集者を務め、『10の姿で保育の質を高める本 (これからの保育シリーズ)/汐見 稔幸 (著)中山 昌樹(著)(出版社 風鳴舎)』『さあ、子どもたちの「未来」を話しませんか/汐見稔幸 (著)おおえだけいこ(イラスト)(出版社 小学館)』などの書籍執筆や講演会など、全国を飛び回り精力的に活動している。




    <取材・執筆・撮影>保育士バンク!編集部

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