しばしば、保育園の現役保護者から「子どもを甘やかしすぎです」「お子さんは甘やかされています」と保育士から言われて悩んでいるという話を聞きます。また、保育士も「上司(同僚、先輩)から、子どもを甘やかさないで、と言われる」といいます。どちらも、僕にとっては数え切れないくらいよく聞く話です。
この「甘やかさない」という言葉。本当は子育てや保育の専門家として使うこと自体が恥ずべき言葉なのですが、これまでの一部の保育士はそうではないと認識してきたのでしょう。
もし、現代でも保育士の認識がその程度でとどまっているとしたら、保育が社会から専門性の高い仕事と認められる日は来ないでしょう。
というのも、「子どもを甘やかすな」というのは、前時代的な一般の人における子育ての考え方です。保育を学んでいなくても、誰でも使うことができる言葉です。保育のプロである保育士がそれと同じレベルのことを言っていたら、「子育て経験のある人に準保育士的な資格を与えて保育させればよい」「リタイア世代に保育をさせればよい」といった議論が出てくるのもいたしかたありません。
だから、もう保育士は「甘やかしている」という見方から卒業しなければなりません。でなければ、国家資格としての保育士や、国や市区町村が保障している公的な保育(保育園は主に補助金=税金で運営しているわけですから、公立・私立を問わず全ての認可保育園を含みます)というこれまでのあり方は失われてしまうことでしょう。
「甘やかしている」と言うべきではない理由
なぜ保育士は「甘やかしている」と言うべきではないのでしょうか?
保護者に向けたケースから考えてみましょう。
「甘やかしている」という言葉には、必ず他者を責めるニュアンスがともないます。
保護者にその言葉が向けられるとき、「あなたが甘やかすから子どもの姿が○○になっている」という意味合いで使われます。
保育者にもそのように言いたくなる理由はあるのかも知れません。でも、これは優しく言おうとも強く言おうとも、必ず「あなたが悪い」という相手を否定する意味合いになります。
「子育ての支援」が求められている現代の保育者が、まず相手の否定から入ってしまうのでは、その職務をまっとうしていると言えませんよね。
「甘やかしている」と言われた保護者はどうなるか、考えたことはあるでしょうか。自分の子育てのスタイルを「甘やかしている」と批判されたわけですから、当然その反対をしようとします。
しかも、かなり感情的に対応することになります。なぜなら、そうしないと「自分が責められてしまう」からです。
「甘やかすな」が子どもに否定的な関わりを生む
「甘やかす」の反対。具体的には叱ったり、厳しくしたり、疎外したり、脅したり、叩いたり、無視したり……その人がどういった行動を取るかは、それぞれです。しかし、それが子どもへの適切な対応になるとは限りません。
「甘やかしている」という言葉には、「具体的にどう対処すればいいのか」という情報が含まれていません。
だから、言われた人の感情やその人の持っている知識の中で、子どもに対して否定的な関わりがでることになります。
「甘やかすな」は相手を責めるだけの言葉
保育士から、そのように言われたことで子どもを叩くようになったり、自尊心を傷つける言葉をぶつけるようになった保護者を数多く知っています。そして多くの人は、子どもに対して否定的な関わりをしてしまったことに強い自責の念を抱き、何重にも子育ての中で苦しんでしまうのです。
つまり、「甘やかすな」という言葉は、相手を責めるだけでその人の子育てを本当に助けるものにはなっていないのです。
また、実際に保護者に面と向かってそのように言わずとも、子どもへの関わりを考える際に「あの子は家で甘やかされている」といった見解を保育士が持つことは、保護者とその子どもを否定的にとらえることにつながるので、これも適切な保育を生みません。こういった見方は、巡りまわって保育者自身の疲弊を生み出すことにもなります。
「子育てがうまくいかなくて当然」が出発点
このたびの保育所保育指針改定の中で、それまでの「保護者支援」が「子育て支援」と変わり大きく取り上げられました。これは、「現代の家庭は子育てが適切にできない場合がある。だから保育士がそれを援助する必要がある」という見地に立っているからです。
「子育てがうまくいかなくて当然」が、いまの保育者が家庭に向き合うときの出発点なのです。
そこで、「甘やかしている」という見方をしてしまうことは、「あなたは親としてできるべきことをやっていませんよね。あなたはダメな親ですね」と見るのと同じことです。子どもへの適切な関わり方を伝えていく必要があるのに、ダメ出しだけしてあとは投げっぱなしになっています。
確かに、保護者の中には、子どもへの適切な関わり方がわからない方がいます。わかっていても、それができなかったりして、子どもに対して極端な過保護や過干渉となってしまっている方もいます。その結果、子どもが本来の発達に比していちじるしく幼かったりということが、実際に起こっています。
保育者はそこにアプローチしたいのでしょうけれども、出発点として保護者が「甘やかしている」「甘やかすな」という見解では、適切な保護者の対応を導けません。
保育士なら「依存が助長されている」ととらえるべきだ
こういった状態に対しては、「依存が助長されている」ととらえるべきなのです。
そのようにとらえたところから、
(1)「その保護者はどうして依存を助長してしまうのだろう?なにか理由があるのだろうか?」(他者尊重の視点)
↓
(2)「その保護者のこういった関わりが子どもの依存を助長してしまっている」(専門的な問題の考察)
↓
(3)「では、どういう関わり方をしたら、この保護者の子育てが安定して無理のないものに導けるだろうか?」(具体的な関わりの提案)
というふうに、(1)他社を尊重する視点から問題を見つめ、(2)専門的に問題を考察し、(3)具体的な関わりの提案へと進んでいくべきなのです。
このように保育者が子育てする人への援助をしていくことができれば、保護者からも保育士の専門性を認識してもらうことができます。
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これまで無自覚に使われていた「あなたは子どもを甘やかしている」という言葉が、どれだけ保育者と保護者の間に溝を作っていたことでしょう。
保育所保育指針には「甘やかさないようにすべき」とか「甘えさせるな」といった言葉はひとつとしてありません。保育士は、「甘やかし」という見方から早々に卒業する必要があるでしょう。
プロフィール
保育士おとーちゃん(須賀義一)
1974年生まれ。大学卒業後、男性としてはまだ珍しかった保育士(当時は保父)資格を取得する。
2009年、保育士としての経験などを元にブログ『保育士おとーちゃんの子育て日記』を開設。
現代の子育てに合った具体的な関わり方を伝えつつ、多くの人からの子育ての悩み相談にも応える。
著書に『保育士おとーちゃんの「叱らなくていい子育て」』『保育士おとーちゃんの「心がラクになる子育て」』(ともにPHP研究所)など。
東京都江戸川区出身、墨田区在住。一男一女の父親。