ある1歳児クラスの話です。そのクラスの保護者は、お仕事も忙しい中、子育てに頑張りすぎになって、かえってストレスの多い子育てになり、子供への過干渉から、辛い思いを抱えている人がたくさんいました。
そこで、担任が保護者会の場を活かして、こんな話をしました。
「ウチにも子供がいるのですが、仕事があって家事があって、子供の世話まであったら、それは大変なのは当然です。だから”なんでもちゃんときちんとしなければ”ではなく、”まあ、いいか~”と手を抜けるところは手を抜くようにしているんです!」
多くのお母さんたちには、その話が響いたようです。
後日、そのお母さんたちから
「夕食を、少し手を抜いてその分のんびりしてみたんです。そうしたら子供がとても落ち着いていて、普段は夜寝るときもなかなか寝てくれないのに、機嫌良くすんなり寝付いてくれたんです。子育てってこれでいいんですね」といったお話がたくさん返ってきました。
余裕のない子育てが招く、悪循環
そのお母さんたちは、第一子の家庭が多かったりして、子育てに一生懸命になりすぎになっていました。
例えば今のお話にあったように、子供が寝ないから「頑張って」寝かしつけなければとか、母親として「しっかり」子育てをしなければ。長時間の仕事の後にも関わらず、家事も「ちゃんと」やらなければなどと考える、まじめな親が多かったのです。
こうした「頑張って」「しっかり」「ちゃんと」といった気持ちは、まじめで立派ではありますが、すべて子育てする自分にプレッシャーをかける言葉でもあります。
それゆえに、気持ちの余裕が失われてしまうので、いざ子供に向き合うと、イライラや徒労感ばかりを感じてしまいます。
子供にしても、そういったイライラやカリカリしている親を前にすると、かわいらしい姿が出したくても出せないものです。
親はそうした子供に向き合うことになるので、「かわいくない…」「言うことを聞いてくれない…」と、さらにイライラする悪循環になってしまうのです。
保育士が伝えたかったこと=子育てを頑張らなくていい!
だから、冒頭の保育士が伝えたかったのは、保護者の方に「頑張れ」「しっかりしろ」ではなく、むしろ「頑張らなくていいんだよ」ということ。
日常をムリのないものにして、その上で余裕を持って子供を向き合うと、子供の姿がかわいらしい素直なものになり、自然と子育てもムリがなくなっていきますよということでした。
ただし、もし最初から、ただ「子供をかわいがりましょう」とだけ保護者に伝えると、日常の頑張りはそのままで、さらに「頑張ってかわいがらなければ」と現代のまじめな保護者は受け取ってしまうでしょう。だから、ただ「かわいがることが大事」というお話ではなく、保育士が自分の身近な実例を出した上で、「まあ、いいか~」と余裕を持たせるステップが必要だったのです。
伝えたいことの前に、こうしたワンクッションをはさむことも、保育士の大切な「専門性」の一つですね。
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過保護・過干渉にならないために
この「まあ、いいか~」は大人である自分に対しても大切ですが、子供に向き合うときにも実は大切な姿勢です。
日本では多くの人が子育てを「しつけ」としてとらえています。
「しつけ」という考え方は、子供に対してあらかじめ「どうあるべき」という理想像を設定しているもの。大人は、子供をそれに近づけたり、あてはめるべくアプローチしていきます。
その結果、子供を「失敗させてはならない」といった保護しすぎてしまう関わりや、子供に正しい行動をとらせるために言われるたくさんの「ああしなさい」という指示やダメだしなどの干渉です。
これらはそれに一生懸命であればあるほど過保護・過干渉になっていきます。
過保護・過干渉になれば、その子供は親への依存が強くなり、かえって幼いまま成長が止まってしまうこともあります。
ダメ出しなど、否定の関わりが蓄積されると、子供もストレスを感じてしまいます。そうすると、大人の言葉自体を最初から聴かなくなり、子育てがより大変になってしまうでしょう。
厳しすぎたり、過保護な子育ては否定の子育て
これは現代の子育てのとても大きな課題だと思います。
子供への無関心や放任なども問題ですが、子育てにまじめで一生懸命すぎるというのも、また難しい問題を招いてしまうのです。
例えば、突然「キレる子」、皆さんの周りにはいませんか?
親の過保護・過干渉といった態度は、それが全てではないにしても、「キレる子」と密接な関係があります。
特に顕著なのが、いわゆる「厳しいしつけ」をするタイプの子育てです。
そうした子育てスタイルでは、子育てのシーンのほとんどが「否定の関わり」で埋め尽くされています。ときには、その子の自尊心を打ち砕くように、関わっていることも。
逆に、過保護もまた「キレる子」を生み出します。
一見わかりにくいですが、過保護も実は「否定の積み重ね」になってしまうのですね。
これはどういうことでしょうか?過保護な大人の心情を見るとわかります。
「この子はきっとできないわよね。だから私がやってあげよう」
「この子にこのハードルは高すぎるだろう。だから、そこにぶつからないように私が守ってあげなければ」
子供が何かに挑戦したり、ちょっとした困難に直面した時に、先回りして障がいを除去してしまう。
こういった姿勢は、もちろん善意であり、子供には親切で優しい関わりです。
でも、よくよく見ると、その大人は前提として、「その子やその子の力」を低く見ているのです。
これは、言い換えると「子供を信じていない」ということです。
直接そう言われなくても、子供は自分が信じてもらえていないことを、ひしひしと感じ取ってしまいます。
結果的に、これは子供に対する否定のニュアンスとして働きます。
まあ、いいか~という気持ちを、保育士が伝えたい
このように、「しつけ」が必然的に導き出してしまうような、「型にはめるような子育て」は否定の子育てになりやすい危険性があります
そうなってしまうと、子供にも親にとっても否定を積み重ねて、余裕をなくすことになります。
そうならないためにも、子育てを「ちゃんと、きちんと、しっかり」ではなく、「まあ、いいか~」とおおらかな気持ちからスタートすることが現代ではとても大切です。
そして子供がまだ小さいうちに、こうしたメッセージを親に伝えてあげることが、保育士にとって、とても重要な役割なんですね。
プロフィール
保育士おとーちゃん(須賀義一)
1974年生まれ。大学卒業後、男性としてはまだ珍しかった保育士(当時は保父)資格を取得する。
2009年、保育士としての経験などを元にブログ『保育士おとーちゃんの子育て日記』を開設。
現代の子育てに合った具体的な関わり方を伝えつつ、多くの人からの子育ての悩み相談にも応える。
著書に『保育士おとーちゃんの「叱らなくていい子育て」』『保育士おとーちゃんの「心がラクになる子育て」』(ともにPHP研究所)など。
東京都江戸川区出身、墨田区在住。一男一女の父親。