1歳児クラスに新入園のお母さんのお話です。
仕事を終えてお迎えに来られる時間が午後6時30分で、申請をして入園が決まっています。
しかし入園後、そこの園長先生から呼び止められて、いきなりこのように言われました。
「6時以降、あなたのお子さんの他にはいなくなってしまうんです。
ひとりだとお子さんがかわいそうだから、なんとか6時までにお迎えに来られませんか?」
今回は、ある市立保育園で起こったケースを参考に保護者への対応、保育士のあり方を考えてみます。
複数の保育施設で働いたことがある方はよくおわかりのことと思いますが、子育てに対する考え方はその地域ごとにけっこう違いがでてきますよね。
その市は都市部のベッドタウンになっているところで、これまでは親の就労時間など比較的ゆるやかな保育の必要性の家庭が多い地域でした。
しかし近年、マンションの増加などからフルタイムの共働き家庭が多くなり、徐々に保育の必要性の高い人たちが多くなりつつある、そんな地域のお話です。
さて、「子供がかわいそうだから、早く迎えにきてほしい」と話したこのケース。
このような保護者対応を聞いてみなさんはどのように感じるでしょうか?
「えっ、そんなこと言うなんて信じられない」という人もあれば、
「自分の園でもそのように伝えたりすることあります」という人もいるかもしれません。
「さすがにいまはそんな風に言うことはないけど、昔はそういうことありました」という方もいるかもしれませんね。
この園長の言葉の真意が「保育士の当番回数を減らすため」などの園の都合を親に押しつけていることであれば、これはもういけませんね。
ましてや公立保育園がそういった姿勢では完全にアウトです。
しかし、この園長の思いが言葉通り「子供がかわいそう」だからという気持ちからだったとしても、それはそれで問題です。
それについて考えていく前に、そのように言われたお母さんが、どのように感じどのように対応したかを見てしまいましょう。
そのお母さんは悩みました。もうすでに会社にはフルタイムで復帰することを告げてあるけれど、「子供がかわいそう」と、プロである保育士に言われれば、それはそうなのだろうと辛い気持ちになります。
その結果、上司に早く退勤できるよう相談をして、嫌みを言われながらも、なんとか許可をもらいました。晴れやかな気分で復帰できるはずだったのに、同僚にも「育休復帰早々ご迷惑をおかけします」と頭を下げて回らなければなりませんでした。
それでようやく6時にお迎えに行ける算段をつけ園側にその旨を伝えました。
しかし、その決断がどれほどの苦悩をともなっていたかまでは伝えられません。
なぜかというと、園に対してすでに不信感を持ってしまっているからです。
僕はこのケースどちらの側の立場もわかります。
おそらくはその園長にしても悪意はないのでしょう。
低年齢の子に長時間の保育が負担になることや、夕方の時間に少数になってしまうことの寂しさなどをおもんばかって、そのように「お子さんがかわいそうになってしまうから、なんとか早くお迎えにこれませんか?」と伝えているのでしょう。
しかし、この対応はとても「保育の専門性が高い」とは言えません。
では、なにが問題なのでしょうか、以下にそれを見ていきます。
1.保護者の状況への配慮が足りない
保育施設のそもそもの意義はなんでしょうか?
「子供の健やかな成長に寄与すること」ももちろんですが、「就労その他の事情によって保育を必要としている人のための福祉」であることも同じウエイトで重要なことです。
その保育施設が、保護者の就労の足かせとなってしまっては本末転倒です。
「保護者の状況への配慮が足りない」ということを逆に言うと、「保育士の主観を押しつけている」ということです。
「主観の押しつけ」になってしまえば、それがよしんば正しいことだったしても、本当の信頼関係を保護者との間に結ぶことはかないません。
この園長先生のこれまでの職務経験では、かつてはそういった対応をしてもさほど問題もなく、またそれを言われる保護者の人たちも、それをすんなりと受け入れることが可能な状況があったのでしょう。
しかし、現在は女性を取り巻く就労の環境もずいぶん変わってきています。
子育て中の女性であっても、男性と同じように残業や泊まりがけの出張などを要求されることがある時代になっています。
こういった保育士の主観の押しつけは、一般の人からの「保育士への不信」や「専門性の低さ」として認識されてしまいます。
2.感情論にしてしまっている
もし、長時間の保育による負担などを配慮するのであれば、「子供がかわいそう」といった感情論にするのではなく、子供の精神的な負担が起こったときにフォローが必要であること、またそのフォローの仕方などを具体的に伝えることで、その保護者と子供の力になるべきです。
もちろん、それが正当なものである以上、保育時間を短くしてもらう必要はありません。
「お子さんがひとりになってしまうときもあるけれども、そこは私たちがきちんとお子さんをみていきますから心配ないですよ。
もし、お子さんのぐずりが激しくなったり、手に負えない姿が出てきたと感じたときはすぐご相談くださいね。一緒に考えていきますから安心して下さい」
というように、子育てする人に寄り添う姿勢で受け止めてあげる必要があるでしょう。
そしてそのように起こり得る問題や、その対応を示せることが保育士の専門性を表わすことでもあります。
また、「子供がかわいそう」という言葉は保育士がみずから、保育の仕事の価値を低めている言葉でもあります。
それはつまり「保育園に預けられることはかわいそうなこと」だと保育士自身が言っているからです。
それでは「私たちの保育には専門性がありません」 と言っているのと、さして変わりません。
さらには、ただでさえ職場に復帰し、我が子を園に預けることで不安になっている人に、より大きな負担を与えることになります。
そしてそれは親の、特に母親の「人生に対する否定」になりかねません。
なぜなら、仕事をすることと、子育てすることは「相反すること」だという印象を強烈に与えてしまうからです。
そうなると、その親は自分を責めながら、子育てや仕事をしていくことになってしまいます。
そういったことを言われなくても、現代のお母さんたちは子供を預けながら働くことに「負い目」や「引け目」を感じながらいる人が少なくありません。
保育士がそれに追い打ちをかけてはいけませんよね。
むしろ、そのような仕事と子育ての両立が、なんらおかしなことではないこと、それを広くアピールすることも、
現代の保育士・保育園が担う重要な社会的役割なのです。
保育施設という職場は、ともするとそこで働く人の視野を狭めてしまいます。
園でも、また保育士個人でも保育について話し合い、考えていく姿勢が大切になってきていますね。
プロフィール
保育士おとーちゃん(須賀義一)
1974年生まれ。大学卒業後、男性としてはまだ珍しかった保育士(当時は保父)資格を取得する。
2009年、保育士としての経験などを元にブログ『保育士おとーちゃんの子育て日記』を開設。
現代の子育てに合った具体的な関わり方を伝えつつ、多くの人からの子育ての悩み相談にも応える。
著書に『保育士おとーちゃんの「叱らなくていい子育て」』『保育士おとーちゃんの「心がラクになる子育て」』(ともにPHP研究所)など。
東京都江戸川区出身、墨田区在住。一男一女の父親。